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ゴジバの帰郷~1~

さあ、どこまで書くべきか・・。

先月中旬、セントレア空港経由で、ある町に住むゴジバを訪ねた。

ゴジバ宅を訪れるのは、大学生の夏休み以来。
あのころゴジバは現役の教員で、自宅を買ってからまだ3年目くらいのことだった。

ゴジバの家は、グーグルのストリートビューで確認していた。

最寄りの駅から歩いてもそれほどの距離ではなかった。
あの時は、駅までは大体歩いていた。
そこを拠点に、明治村やら水族館やら何カ所かを回ったのだった。

ゴジバはそれから5年ほどして、私が結婚した年、退職。
私がパートナーと海外暮らしを始めたのとほぼ時期を同じくして
自らの研究のために、同じく海外にある研究所へ向かった。

以来、20数年。
ゴジバはここを日本での拠点としながら、
研究所に籍を置き、世界を股にかけた研究三昧の日々を送っていたのだった。

私たちが海外生活をしていた2年間と同じくらいはもしかしたら行きっぱなしだったかもしれないが
1年に一度くらいは年金や何かの関係で帰ってきていた。
学会のようなこともあったかもしれない。
覚えているのは、東京の我が家に人生に2度はない一大事が起きたとき
訪ねてくれたことだ。

母(妹)や叔父(弟)が病に倒れたあたりから
見舞いや法事などのために時期を合わせて帰国するのが常だった。
その際には必ず、健康診断も受けていたという。

叔父が亡くなったのが4年前。
残された実家の家屋のこともあり、できるだけ早い帰国を目指したことは間違いない。
2年前の叔父の3回忌までは帰国したが、昨年の母の17回忌は帰り支度をしているからと帰ってこなかった。

2年弱の時が流れ、今年になりようやく最後の仕事の目途がついたらしい。

だが、皮肉なことにその時間がゴジバの中に芽生えた病の萌芽を育てる時間になってしまったとは・・。

体の不調を覚えたゴジバは現地の病院を訪ねた。
かの国で病が告げられると今度こそ本当に帰国することを決意したらしい。

それでも3か月ほどの時を要して、すべてにけりをつけて帰国を果たし、自宅へ。
健康診断を受けていた自宅のある町の病院に1週間入院し
徹底的に検査が行われた。

退院してかかってきた電話が、先の投稿に書いたようなことだ。


帰国してからのゴジバは今度は帰郷の準備を始めた。
親しい50年来の友人が近くにいるとは言え、死に場所はふるさとと決めたのだ。

まずは自宅を売却する手配。
さらに、荷物を仕分けし、仮の住所となる我が家へ送る。
残ったものはすべて
不動産屋さんが紹介してくれた便利屋さんに処分してもらうことになっていた。

私がゴジバを迎えに行くことが決まると
その不動産屋さんが駅から家まで送ってくれるという・・。
それまでにも、家の売却契約の経過など、何度かお電話をいただいていた。

ゴジバからは、私が発つ直前
「(五十年来の)友達と不動産屋さんにお土産を買ってきて」
という電話を貰っていた。
そのお二人には本当に世話になったのだから・・と。

お友達はともかく、不動産屋さんはそれで商売しているのだから
良くしていただいている分くらいはきちんと儲けだしているのだろうと
父と顔を見合わせたが、言い出したら聞かないのはわかっている。
出発の前日、あらかじめ準備したことは言うまでもない。

不動産屋さんは駅の目の前にあった。
訪ねると、駐車場に案内してくれ、社用車に乗せてくれた。
10分足らずの車中でふと
「家の中、だいぶ、すごいことになっていますよ」
どうやら、整理整頓を唱えてきたゴジバもさすがに
病気と老いにはかなわず、だいぶ家の中はとっちらかっているらしかった。
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カテゴリ: ゴジバのこと

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